チェコ音楽の父スメタナ没 ― 1884年5月12日
大国の強権に脅かされてきた小国には、「英雄的」と評される音楽家が出現して、大きな役割を果たすことが多い。19世紀半ば以降の民族自立の風潮にあっては、ノルウェーにグリーグ、フィンランドにシベリウス、スペインにファリャなどが登場した。チェコの場合は、ベドルジハ・スメタナである。
スメタナの命日には、チェコ国民が今も最も愛する《我が祖国》を聴こう。題名からして愛国的な音楽は、スメタナが聴覚を全く失い、過去の栄光とはかけ離れた困窮生活を送っていた1879年に書かれた6曲からなる連作交響詩で、いずれもチェコの自然と人々を愛した彼が万感の思いを託した標題音楽の傑作である。第2次世界大戦後に、彼の命日に開始される「プラハの春音楽祭」では、その開幕を飾る栄誉を担っている。《モルダウ》は、その第2曲。ボヘミアを南北に流れるヴルタヴァ河(ドイツ語ではモルダウ)の流れゆく様が、周囲の風景とともに描かれる。実に見事な祖国賛歌だ。
水清く青き モルダウよ わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺 緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち 若き群れを 守りたり
ボヘミアの川よ モルダウよ わが故郷を 流れ行く
ボヘミアの川よ モルダウよ 過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺 緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち 若き群れを 守りたり
やさしき流れ モルダウよ 光り満ち わが心にも 常に響き
永久の平和を なれは歌う たたえよ 故郷の流れ モルダウ
日本でもよく歌われる雄大なふるさと賛歌
チェコの作曲家スメタナの連作交響詩「我が祖国』全6曲中の一曲。この連作交響詩では祖国の自然や風景、伝説が題材となっている。6曲中最も有名なのが、この交響詩《モルダウ》で、モルダウ川(ヴルタヴァ川)が源流から川幅を広げ大河となってプラハの街に流れ込む情景が、オーケストラによって巧みに表現されている。冒頭のフルートとクラリネットは、モルダウ川の2つの水源が合流する様子を描いている。これに続き雄大なモルダウの主題が現れる。
このメロディはもともと古い民謡から採られたといわれる。イスラエル国家「ハティクバ」はこの曲を素材としているし、日本では歌詞をつけて合唱曲としてもよく歌われる。さだまさしの『男は大きな河になれ』もこの曲に歌詞をつけた曲。(1874作曲)
Bedrich Smetana
国民音楽的要素を意識して取り入れ伝統的な手法で芸術化することに成功した
最初ピアニストとして活躍していたが、32歳頃からスエーデンに招かれて指揮棒を取り、リストに心酔して交響詩の作曲を始めた。36歳の時、帰国してプラーハの急進的芸術団体の指揮者となり民族音楽運動の旗頭と成った。1862年頃、国民歌劇を書き始めたが、1866年に発表した2番目の歌劇《売られた花嫁》は好評で迎えられ、彼の最も有名な作品と成った。50歳の頃から聴力に異常をきたし、晩年は全くの聾と成ったが、創作意欲はかえって燃え盛り、「モルダウ」で有名な連作交響詩《わが祖国》や弦楽四重奏曲《わが生涯》などの傑作を生み出した。
彼は“チェコ国民音楽の父”と仰がれ、国民音楽的要素を意識して取り入れ、伝統的な手法で芸術化することに成功した。作品中もっとも重要なのは、オペラと交響詩の分野である。